どうも!くまweb広報ノダです!
みなさんどんな幼少期を過ごしましたか?
僕は保育園ズル休みして粘土を耳に詰めて取れなくなり、母親に耳かきで取ってもらうような子供でした。
あと保育園に生えてた知らない草を食べて、信じられないくらい苦かったのは今でも昨日のことのように覚えています。

だいたいそんなもんさマイライフ
そんな波乱万丈な過去に定評のある野田ではありますが、
僕の昔からの友達で負けず劣らずなやつがいます。
それは、、、株式会社モンブラン 佐々木悠です!!
現在モンブランで様々なビックプロジェクトや日々素晴らしいクリエイターたちとワクワクとヒリヒリの毎日を爆走している佐々木さん。
今回はそんな佐々木さんにインタビューしてみました。
自認お姫様の漁師のむすめ

佐々木さんは熊本は牛深の自然豊かな環境で生まれ育ちました。
まわりから愛されまくった結果、自分のことを「お姫様」と自認し、ジャングルジムで同級生にいじわるされたときには
「おれのはるかをいじめるな!」と守ってくれる騎士がいたそうです(いい思い出ですね)
当時の夢は保育園の先生。
とても良い先生がいたそうで、憧れから将来の夢に変わったそうです。
そしてこの頃から好奇心が強く
小学校でサッカーをはじめ、書道・茶道、パソコンと赴くままに様々なことにチャレンジしていました。
人間の怖さを知った中学〜高校時代

中学校でも夢は変わらず先生。
部活はソフトテニスを始め、三年の体育祭では応援団の副団長も務めました。
しかし、ここで「仲間はずれ」に合います。
理由はわからないのですが些細なことがきっかけで、クラスで無視をされることも。
これまで仲の良かった子にも無視をされ辛い時期を過ごしました。
地元の高校にそのまま入学しようと思っていたのですが、環境を変えるべく心機一転牛深から本渡の天草高校へ進学することになります。
天草高校では実家からの通学だと1時間はかかってしまうので、寮生活になりました。
寮での生活は楽しいことも大変なこともあったそうですが、
「人間関係のむずかしさ」を知った佐々木さんは、人間関係のトラブルをうまく解決するスキルを身につけていきました。
(この辺は今のディレクターとしての能力に活かされてるきがしますね笑)
順調に高校生活を過ごしましたが受験時にある問題に直面します。
「絶望的に英語ができない」
他の教科は受験勉強の甲斐あって、センター試験で7〜8割。
英語だけは、44点(200点満点)というむちゃくちゃ極端な成績だったのです。
教職課程のある国公立大学に行くために、嫌々勉強を続けるも後期試験の対策の英語の授業で涙がぼろぼろ。その授業をきっかけに、国公立大学への進学を諦めることになりました。
絶望と希望の大学生
希望する大学にいけなかった佐々木さんは絶望の中、勉学に集中するためサークル活動や友達付き合いを避けることを決意しました。
学部の勉強をしつつ夜は教職課程を履修していました。
小学生からずっと夢だった学校の先生になるためです。
バイトや友人との交際にうつつを抜かし、教職課程は三年生のタイミングで諦めてしまいます。
目標を失った佐々木さんでしたが持ち前の好奇心で様々な外の活動に活路を見出します。



学生団体や選挙の手伝いなど第一線で活躍する経営者やイベンター・クリエイター・コンサルタントなどと出会い交流をし
たくさんの刺激を受けました。
そして「東京で働きたい!」と思うようになり就活を始めます。
熊本と東京を行ったり来たりでとにかく沢山の会社を受けました。
しかし、時期はリーマンショックの煽りを受けてどこの会社も採用に慎重になっている時代。
日々お祈りメールを眺める毎日。
そんな中、面接に向かう雨の朝、満員電車に巻き込まれてしまいます。
人混みにバッグが挟まれ引っ張りまわされ、びしょ濡れの状態で電車から降りたとき、
プツンと張り詰めていた糸が切れ、東京での就職を諦めました。
絶望の中、熊本でやりたいことも見つからず漠然と過ごす中、ふいに読んだ「サプリ」というマンガに「広告代理店」という仕事が登場します。
「あ、この仕事面白そう」
好奇心に再び火がついた佐々木さんは、持ち前の行動力で熊本の広告代理店に次々と面接に行き、
ついには内定を勝ち取ります。
履き潰すパンプス!とびこむ広告時代!

そしてついに広告業界に飛び込んだ佐々木さん。(ちなみに僕も同じ会社で同じ時期に働いていました笑)
就職した先は総合広告代理店。
つまりウェブもグラフィックもテレビも枠売広告も全部やります!という会社です。
マンガで読むような華やかなで創造的な世界とは違い、最初は泥臭く足で稼ぐ営業職。
飛び込み営業でパンプスを何足も履き潰したそうです。
そして憧れの先輩からたくさんのことを学び、社内外の様々なクリエイターの方と協業しながら次第にディレクター業務やクリエイティブ業務が増えていくことになります。
クライアントにしっかりとヒアリングし、信頼できるクリエイターさんとチームを組み、
粘り強く、良いものを作り上げていく仕事をしていく内にクリエイティブという仕事にどんどん魅力を感じるようになったそうです。
さまざまな経験を経てたどり着いた先は?
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人生は分からないことだらけです。
それは、佐々木悠の人生にも言えること。
クリエイティブとは?
答えのない疑問の先に彼女が行き着いた先は・・・


というのは冗談で、業界を代表するブランディング会社「モンブラン」(https://monf.jp/)の仲間になりました。(ちなみに上記のyoutubeもモンブランさんの活動の一環でやっていました)

モンブランでは、さらに仕事の幅を広げ、全国のクリエイターさんとチームを組んで様々な仕事を行っています。

くまwebではお馴染みのアルジュナさん、プロモートウェブさん。

福岡のイベントではモンブランの代表として登壇もしました。

世代や業界の壁を越えてたくさんのクリエイターが佐々木さんのまわりに集まり、多くのプロジェクトが誕生しました。

九州を飛び出し、大阪を代表する制作会社スピッカートさんなど活動の幅は全国に広がっています。
子供の頃に思い描いた夢とは変わってしまったかもしれませんが、
希望と絶望を繰り返したどり着いた先は佐々木さんを必要とする人がたくさん集まる幸せな場所でした。
とはいえ、まだまだこれから多くの荒波が待っていると思います。
でも、佐々木さんならきっと溺れながらも乗りこなしていくと僕は思います笑
そんなウェブ制作のトップ戦線で活躍する佐々木さんに質問してみた。

Q
制作業界で長く働いていくためのアドバイスをください!
A
そうですね〜やっぱり疲弊しないことが大事だと思うんです。
疲弊っていうのは単純に沢山働いてるかどうかというより、その仕事が「自分である必要性」があるかどうか?じゃないかなと思っていて
代替性の効かない仕事を増やしていくことが精神的にも長く続くのかなーと!お前が言うか?と先輩たちにツッコミを入れられそうですが。笑
あとは「流れてる時間の感覚が近いクライアント」といっしょに仕事をすることも大事だと思います。
極端な例ですが「土日祝日深夜も仕事!」みたいな人もいれば「子育てと仕事の両立」をしている人もいます。
両者が一緒に仕事をしてもお互いにきつくなってしまうと思うんです。
自分の時間軸とあった人たちとできるだけ仕事することも長く働いていくために大事だなと最近感じます。
Q
佐々木さんの考える良いコーダーさんってどんなコーダー?
A
私自身コーディングをしたことがないので、あくまでディレクター目線になっちゃいますがいいですか?笑
返信が早いコーダーさんはめっちゃ助かります。
やはりディレクション業務では返事待ちの時間で止まってしまうことが多いので。
それと「できない理由を分かりやすく説明してくれる」人も凄く助かります。
くまwebさんのコラムだから言ってるわけじゃないんですけど、くまwebさんと仕事している時めっちゃ分かりやすく説明していただいてとても助かったんですよね。
Q
なるほど〜技術面だけではなくコミュニケーションの部分も大事なんですね
A
私が技術面分からないので素直に伝えてくれることはとても助かります。
あとはユーモアがある人も好きです笑
どうしてもチャットコミュニケーションが中心になっちゃうのでクスッと笑えるようなことや世間話なんかもして楽しく仕事できるコーダーさん好きです。
インタビューは以上です。
佐々木さんとの付き合いは15年くらいになるんですが、物怖じしない性格と目にも止まらなぬ行動力をずっとリスペクトしています笑
これからもくまweb共々一緒によろしくお願いします!
本日は忙しい中、ありがとうございました!
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